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「山と生きる」秋田県立博物館企画展に行きました。

2020/03/14  20:00
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アキハクに行って来ました

秋田県立博物館企画展「山と生きる~太平山の信仰と人々のくらし~」に行ってきました。
私にとっては必要火急の用事。
海外行ってないし、体調悪くないけど、
都心まで電車で出勤している身ゆえ、
私が保菌者かもしれないから、うつさないように、
マスクと手袋をつけて秋田へ。
アルコール消毒も忘れずに。

博物館、ほぼ貸し切り状態でした。


秋田県立博物館

秋田県立博物館ホームページへようこそ 当館は特別展等を除いて入館無料です。


第1章 山をうやまう

1)修験の山 太平山(掛け軸、番楽面)

最初に展示されている掛け軸は、太平山山頂に降り立ったと言われる薬師如来像。
当時は神仏習合で、山にあったのは修験の寺院「東光院」。神主さんの先祖はその寺の別当。
「番楽」は「秋田・山形両県に分布する山伏神楽。多くは盆から秋にかけて行われ、能の古態を残しているといわれる(goo国語辞書)」。修験者・山伏が、家々を回ってお祓いで舞ったのだとか。
そういえば以前読んだ「泉光院江戸旅日記」の泉光院は、山伏寺の僧侶で高位の山伏だった。

2)三吉さんが神になるまで(神像、掛け軸、太平山三吉神社奉納物)

江戸時代に現れた三吉さん。
掛け軸の三吉様の姿はひげを生やした大男。
掛け軸の絵を立体にした木彫りの神像。
絵姿は直垂っぽいの着てるものもあった。
木曽石の三吉様は稲の梵天と豆の入った杯を持っている。
そして戊辰戦争で現れた両脇に大砲を抱えた三吉様。
えっと…、これ、どうやって点火したの?
そして反動にどう耐えてるの?(笑)
そのほかにも、
酒の神として、酒の角樽をそばに置き杯を持ってる三吉様。
航海の安全を守る 三吉様。
オオナムジとスクナヒコナの絵姿。
奉納品の下駄と草鞋と煙管が大きい。

逸話

初めて知ったものがあったのでメモ。
・庄屋の娘の病気を治す。←薬師様だね。
・ナヨシ売りのからかいに生のナヨシを頭から全部食べて去る。ちゃんとお金は支払う。←ナヨシとは「ボラの若い魚、イナのこと。名吉」
・酒屋で持ってきた小さな竹筒に酒を一斗入れてしまう。←竹筒の時代の話だね。
・力が欲しい若者が、お山の弟子還りあたりで酒3升とシトギ2升をなげ入れたら、それが空になり、力がつく。← シトギ[粢]は、水に浸した生米をつき砕いて、種々の形に固めた食物。神饌(しんせん) に用いる(『デジタル大辞泉』抜粋)。お山にそれだけのものを持っていったら、そりゃトレーニングになって力がついたのでは…。
・三吉様に奉納するタバコには必ず火がつく←ヘビースモーカーならではだね。
・いじわるな酒屋、後から飲み代を払うという客に、酒を飲ませなかった。その客は実は三吉様で、いじわるな酒屋から火が出て、火事で700件燃えた。←三吉様の話になってるけど三吉鬼のような行動。そして酒を飲ませなかったバチが火事。周辺の家がとばっちりでかわいそうすぎる…。

3)広がる太平山信仰 (太平山講中資料、絵馬、梵天、ナマハゲ面)

いろいろなお札があって、人々にのぞまれるままにいろいろ出した感がある。
大正時代には花柳界や俳優も参拝。
太平山から来たというなまはげがいる。

第2章 山とくらす

1)太平山とともに(林業関連資料、川漁関連資料)

木を切り出して、運ぶために川の水を堰き止め、水を溜めて一気に流して下流に運んだ絵が興味深かった。あと明治期にはじまった「おいだらべこ(太平牛)」牛乳飲んでみたーい。

2)箕つくりのムラ (太平山絵図、オエダラ箕関連資料)

箕作りの記録動画(1時間)を見る。材料をとってきて、割いて乾かす、作る準備も手間がかかっているのだなあ。箕つくりに禁忌があって、作るのに力が必要だからか、女が作るの禁止になってた。

3)名所・太平山(月のおろちね、太平山七不思議、小玉醸造関連資料)

菅江真澄翁の記録ははずせないよね。大平山七不思議はまたの機会に。

展示は2020年、4月5日までやっています。
ぜひぜひ、バズーカ三吉を見に行ってね!
終了しました。

三吉様の謎

中止になった講演「三吉霊神の謎を解く-この神はいかなる神であるのか-(仮題)」。
齊藤壽胤氏の話、聞きたかった。今からでも相撲みたいに無人講演して、参加者のみ閲覧制限かけてネット配信しないかな。レジュメと参考資料の項目だけでも公開してほしい。

三吉様はいかなる神、なんだろうか。
力の神、勝負の神、破邪顕正の神、大平山の山の神、薬師如来の権現、酒の神、海運の神…。

江戸時代に現れた三吉様。
力持ちで、酒飲みで、煙草呑みで、相撲で負けたら相手を追っかけてぶっこ◯す。
大男で、少年で、老人で、鬼。

なんでこんな神様が現れたのか。

江戸初期の記録によると、奥羽の羽後(秋田)は土地柄なのか、生産性が羽前(山形)よりも低い。
新田開発も石高からみるとうまくいってないよう。藩はあまりかかわらず、治水も厳しい。
1782年からの「天明の大飢饉」で、弘前藩では10数万人が餓死。
1833年からの「天保の大飢饉」は、冷害、大風雨、洪水などひどい異常気象の大飢饉。巳年ゆえに「巳年のけかち(ケカツ?)」と呼ばれ、「天保凶飢見聞記」に、北秋田郡鷹巣町地方では「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い、行き倒れとなった死体を狼や鳥が食いちぎる」など天候、豊凶、物価、世相が記載されている。凶作での餓死は10万人以上? そして疫病の蔓延、百姓一揆、打ちこわし…。

神も仏もあったものではないという日々の中で、
人々は新しい神を求めたのかもしれない。

粗野で、たくましく、力強い神。
田畑を開墾し豊作をもたらす、山の神。
薬師如来の権現で、疫病を退ける神。
そこに民を思う支配層であれば迅速に救済措置をとったはずという希望が、
戦国時代の名君といわれた藤原鶴寿丸三吉を重ねたのかな?
天保の飢饉は数年にわたる。
餓死、疫病、一揆や直訴で制裁される民…。
生まれても育たない、育てられない子どももいただろう。多くの、多くの死者。
死者の怨霊を鎮める御霊信仰が重なって、オオカミを霊神と表記した?

ああ、妄想が広がるなあ…。

山岳信仰に「山の神は春に山から降りてきて田の神となり、秋に再び山に戻る」がある。三吉様は山からやってきて、豊作をもたらす。そして稲を2わ残して奪いもする。
ざんばらな髪と髭を持つ彼の外見は、山で長く修行をした修験者がモデルだろうけれど、疫病を近寄らせない鐘馗様のようにも見える。
三吉という名前は3番目の子を連想させて、3貴子の末っ子スサノオの暴れん坊ぶりを思わせる。

今年の暖冬、雪不足から予想される水不足。
予測できない地震に異常気象、
COVID-19という疫病パンデミック…、
三吉様、出番だよー、顕現しよー。

追記 冬の里宮

宿泊先にチェックインしてから、夕食を食べる前に里宮へ参拝。
木々の葉が落ちさっぱりしている3月の赤沼稲荷と里宮をご覧ください。

夕ご飯

馬の生肉をかじりたくて(え?)「かまど炊きあきた飯」へ行きました。
季節のおすすめの日本酒を上から順に注文です。
牛すじ大根と「大平山 生もと純米無濾過生 別誂(べつあつらえ)」
馬刺しと「飛良泉 純米吟醸 雛(ひな)」
焼き飯と「天の戸 特別純米生 美稲(うましね) すっぴんささにごり」
まだ食べられるなあと、サラダ頼んで、「店長おすすめ」飲んだ。
料理もお酒もおいしい。幸せ。
おいしいものは人を笑顔にするよね。
こんどは7時以降に行って、たきたてのかまど炊きご飯たべたーい。





写真撮るために再訪

根本的に写真撮影禁止だと思ってたので、目に焼き付けて、メモとっていた1回目。
写真とれるという情報に、撮りに行ってきた。日帰り秋田。
やだもう、デジカメ怖い、200枚くらい軽くいく。
ちょっとだけ紹介。

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